SaaSファーストとは?
1. はじめに:SaaS開発を取り巻く環境
近年、あらゆる業界でSaaS(Software as a Service)の利用が浸透し、ビジネスに不可欠な存在となっています。これに伴い、自社で新たなSaaSを開発し、市場に価値を提供しようとする動きも活発です。SaaS開発は大きな可能性を秘めていますが、成功のためにはSaaS特有の課題を乗り越える必要があります。
本記事では、SaaS開発におけるアプローチとして注目される「SaaSファースト」について解説します。
2.「SaaSファースト」とは?クラウドファーストとの違いについて
「SaaSファースト」とは、システムを導入・刷新する際に、「SaaSを最優先の選択肢として検討する」という、具体的かつ実践的なアプローチを指します。
一方、クラウドファーストは、より広範な概念であり、物理的なサーバーを自社で管理する従来のオンプレミス型ではなく、クラウドサービス(IaaS, PaaS, SaaSの全てを含む)の利用を第一に考えるという企業全体の戦略方針です。
つまり、「SaaSファースト」とは「クラウドのメリットを最大限に享受するために、最もユーザーの手間がかからず、サービス化が進んだSaaSから検討しよう」という、クラウドファーストの思想を最も推し進めた、現代的な実践方法であると言えます。
このアプローチはSaaSの開発においても非常に重要です。
3.SaaS開発における「SaaSファースト」とは?
SaaS開発における「SaaSファースト」とは、一言で言えば、「SaaS開発において『すべてを自社で作る』のではなく、『活用できるものは賢く使う』」という戦略的なアプローチです。
具体的には、認証、課金、監視といった多くのSaaSに共通して必要となる機能の構築を、その分野に特化した実績のある外部の専門SaaSに任せることを意味します。これにより、自社の開発リソースを、サービスの独自性や競争力の源泉となるコア機能の開発に集中させることを目指します。
この「選択と集中」こそが、SaaS開発におけるSaaSファーストの基本的な考え方です。ではなぜ今、このようなアプローチがSaaS開発において重要視されているのでしょうか? それは、SaaS開発において直面する、特有の課題と深く関係しています。
4. なぜSaaSファーストが重要なのか? SaaS開発特有の課題
SaaS開発においてSaaSファーストというアプローチが重要となる理由の1つに、SaaSならではの難しさがあります。これらを正しく理解することが、なぜSaaSファーストが有効なのかを示す鍵となります。
(1) テナントを前提とした横断機能の複雑さ
SaaSの中心には「テナント」という概念が存在します。ユーザー管理、権限設定、契約や課金、監査など、あらゆる仕組みはテナントを基点として組み立てられます。逆に言えば、テナントという単位をどう定義し、どう扱うかによって、SaaS全体の難易度や設計の方向性が大きく変わります。この「テナント中心の設計」という前提がSaaS開発をより複雑かつ難解にする要因と言えます。
たとえば、SAMLやOIDCによるシングルサインオン、SCIMによるユーザー自動連携、契約プランに応じた機能提供は、いずれもテナント単位での制御を前提としています。さらに、利用量に基づくメータリングや複雑なサブスクリプション課金、請求処理も、すべてテナント単位で正確に管理しなければなりません。加えて、監査証跡を残し「誰がいつ何をしたか」を追跡可能にすることは、顧客からの信頼や法令遵守のために重要な仕組みです。
こうした機能群は一見すると周辺的に見えますが、実際にはSaaSを事業として成立させる基盤であり、SaaS開発における複雑性を高めています。
(2) 規制対応と継続的キャッチアップの難しさ
SaaSの難しさはリリースして終わりではなく、その後も続きます。サービスを安定して運用しつつ、常に変化する規制や法令等の外部環境へのキャッチアップが求められるからです。
例えば、データ保護やプライバシーに関する規制は国や地域ごとに異なり、しかも厳格化・多様化が進んでいます。EUのGDPR、米国のCCPA、日本の個人情報保護法など地域ごとに異なるルールに対応しなければならず、遅れれば法的リスクや顧客からの信頼低下を招きます。もちろん、プライバシー以外の面でも、その地域の法令等に合わせた対応が必要になります。
そして、この課題はグローバル展開するSaaSに限りません。国内のみで提供するSaaSであっても、法改正への対応は不可欠です。例えば、請求・決済に関連して言えば、近年では消費税率の変更やインボイス制度の導入といった国内法改正が直接的に影響し、開発・運用チームに継続的な対応を迫られたケースが記憶に新しいでしょう。法改正だけでなく、金融・医療・公共といった業界を対象とする場合は、さらに業界固有の監査基準やセキュリティ要件への対応も必要になります。
これらの外部環境に対する高度な専門知識をキャッチアップし、開発に反映させる必要があるという点はSaaS開発における難しさの1つと言えます。
これらの課題は内製に頼るほどリスクとコストが膨らみやすく、SaaSファーストというアプローチが強く求められる背景となっています。
5. SaaS開発における「SaaSファースト」の実践:共通機能はSaaSを活用
SaaSを開発・運用するには、エンドユーザーに直接価値を提供する「アプリケーションプレーン」の機能に加え、SaaS自体の運用・管理を担う「コントロールプレーン」の機能が必要不可欠です。
コントロールプレーンには、テナント管理、ユーザー管理、認証認可、利用量計測、請求、ログ収集といった、多くのSaaSに共通して求められる機能が含まれます。これらをすべて自社で開発するには、膨大な工数とコスト、そして専門知識が必要です。
そこで「SaaSファースト」の考え方に基づき、これらのコントロールプレーン機能を、その領域に特化した外部のSaaSを活用して構築します。このようにSaaS開発を支援する目的で提供されるSaaSは、「SaaS for SaaS」(特にSaaS提供者向けという意味で「SaaS for SaaS Provider」) と呼ばれることもあります。具体的な活用例としては、以下のようなものが挙げられます。
① 認証・認可SaaS:
(例) Auth0 - セキュアで高機能な認証基盤を迅速に導入。
複雑な認証認可処理を専門SaaSに任せることで、開発負担を軽減しセキュリティを高めます。
② サブスクリプション・請求管理SaaS:
(例) Stripe - 多様な料金体系や決済処理に対応。
変動する料金プランやグローバルな決済にも柔軟に対応可能になります。
③ パフォーマンス監視・運用管理SaaS:
(例) Datadog, New Relic - サービスの安定稼働を支援。
24時間365日の監視体制や障害対応、パフォーマンス分析を効率化します。
④ SaaS開発プラットフォーム:
(例) SaaSus Platform - コントロールプレーン機能を包括的に提供。
複数のSaaSを組み合わせる手間を省き、より開発に集中できる環境を構築します。
このように、SaaS開発における共通的かつ専門性の高い領域で外部SaaSを活用することが、「SaaSファースト」の具体的な実践となります。
6. SaaSファーストがSaaS開発にもたらすメリット
SaaS開発において「SaaSファースト」のアプローチ、すなわち外部のSaaS(開発支援SaaS)を活用することは、単なる効率化に留まらず、事業成長に直結する多くのメリットをもたらします。
(1) 開発スピードの向上:
コントロールプレーンの共通機能を外部SaaSで代替することで、その開発・テストにかかる工数を大幅に削減できます。
結果として、開発チームは自社サービスのコアとなる「アプリケーションプレーン」の機能開発にリソースを集中でき、プロダクトの市場投入までの時間を短縮できます。
(2) 運用負荷の軽減とスケーリング対応:
監視、障害対応、負荷分散といった運用業務や、サービスの成長に伴うスケーリング対応は、専門SaaSが提供する機能を利用することで、自社での運用体制構築・維持の負担を軽減できます。
専門知識や人的リソースが限られていても、安定したサービス運用を実現しやすくなります。
(3) プロダクト品質と事業スピードの両立:
すべてを内製する場合、開発リソースが分散し、特にコントロールプレーンの品質担保やセキュリティ対策が後手に回るリスクがあります。
実績のある外部SaaSを活用することで、堅牢なプロダクト基盤を迅速に構築でき、開発スピードを維持しながら高い品質とセキュリティを確保することが可能になります。
(4) 専門領域のベストプラクティスの活用:
認証、決済、セキュリティなどの専門領域では、常に最新の技術動向や法規制への対応が求められます。これらを自社だけで追い続けるのは困難です。
Auth0やStripeのような専門SaaSを利用することは、単に機能を導入するだけでなく、その分野のプロフェッショナルが持つ知見やベストプラクティスをサービスとして享受することを意味します。
自社で開発すべきは独自性や差別化につながるコア機能に絞り、変化の激しい専門領域は外部SaaSに任せる方が、スピードと品質の両面で有利になります。
7. まとめ:SaaS開発の成功のために「SaaSファースト」を意識する
本記事では、SaaS開発における「SaaSファースト」の考え方、すなわち認証・課金・監視といった共通基盤機能を外部の専門SaaSで構築するアプローチについて解説しました。
SaaS提供企業には、スピーディな開発、安定運用、柔軟なスケーリングが常に求められます。こうした要求に応える上で、「SaaSファースト」の考えに基づき、外部SaaSを賢く活用することは、開発リソースの最適化と事業のスケールを両立する極めて有効な戦略です。
「すべてを自社でつくる」のではなく、「活用できるものは賢く使う」。この発想転換こそが、開発チームを本来注力すべきコア機能の開発へと導き、競争力の高いSaaSを迅速に市場へ届けるための鍵となります。SaaS開発に取り組む際には、ぜひ「SaaSファースト」の視点を取り入れてみてください。
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