【導入事例】株式会社日立製作所
鉄道DXの変革と、SaaS事業への戦略的転換
株式会社日立製作所(以下、日立製作所)の社会システム事業部が推進する「駅業務アプリケーションスイート」は、駅業務の多様化、多言語案内の増加、ベテラン社員の退職による知識継承の難しさといった、鉄道現場の深刻な課題を解決するためのサービスです。
日立製作所にとって重要な柱である従来の受託開発(SI)ビジネスを大切にしながら、さらなる成長を目指してリカーリング(循環型)ビジネスを新たに追加していくという大きな挑戦について伺いました。本インタビューでは、今回の事業を統括する肥田さんと、プロジェクトマネージャー(PM)として現場を指揮した向井さんを中心に、同席したプロジェクトメンバーの皆様にもお話を伺いました。
ー今回のプロジェクトが立ち上がった背景を教えてください。
肥田さん:鉄道業界においても、駅係員などのフロントラインワーカーに向けてスマートデバイスを活用した業務改善が進んでいます。しかし、現場には依然としてアナログな運用が根強く残っており、DX化の大きな課題となっている中、私たちはこれまで以上に現場に寄り添う必要がありました。
鉄道の駅業務という領域では、従来の競合とは異なる機動力のあるソフトウェアベンダーと競合することになります。一社ごとに一から構築する従来のSI手法では、スピードやコストで到底太刀打ちできません。ビジネスのやり方そのものを変えなければ、この領域全体が駆逐されてしまう。だからこそ、サービスプラットフォーマーとして複数の鉄道事業者をつなぐ”ハブ”になることを目指し、ビジネススタイルへの転換は必須だったのです。
ー社内で前例の少ないSaaS事業を推進するのは、容易ではなかったのではないでしょうか?
肥田さん:確かに先行投資案件であり、社内の承認を得るのには苦労がありました。私は事業を実らせるには相応の覚悟と投資が必要だと理解していたため、あえて『強気』で貫き通しました。
その際、単に数字を積むだけでなく、関わる全員にとって意味のある巻き込み方を意識しました。会社にとっては「SIに続く新たな成長の柱」になり、顧客にとっては「継続的な業務改善とTCO削減」をもたらし、そして開発メンバーに対しては「これをやれば社会価値を直接創出できる」という、それぞれのステークホルダーにとっての価値を丁寧に整理したのです。最後は一対一の対話です。熱量を直接伝え、皆がこのプロジェクトに楽しさや貢献を感じられる構造を作ることが、結果として大きな組織を動かす力になったと感じています。
未踏の「スーパーアプリ構想」に挑むマルチベンダー体制とSaaSusの役割
プロジェクトが目指したのは、一つの親アプリの中に複数の業務ミニアプリを搭載する「スーパーアプリとミニアプリの構造」を持ったSaaS基盤でした。しかし、日立製作所内にもこの構造を構築したノウハウは限られており、開発は困難を極めることが予想されました。
ー複数のパートナー企業が関わるマルチベンダー体制かつアジャイル開発という難易度の高い環境で、PMとしてどのような工夫をされましたか?
向井さん:私は以前、お客様の要望を叶えるための開発業務に携わっていましたが、もっと主体的に現場の課題を解決したいと考え、肥田のチームに加わりました。今回のプロジェクトは、仕様が定まりきっていない状態からアジャイルで進めるという、私にとっても非常にチャレンジングなものでした。
開発対象はスーパーアプリ、ミニアプリ、配信基盤、さらにSaaSus Platformとの連携と多岐にわたり、かつ専門性の異なるパートナー3社と同時に進める必要がありました。そこで私がPMとして最も重視したのは『個別最適ではなく全体最適』です。各チームの進捗管理だけでなく、『この判断が他のコンポーネントや将来の展開にどう影響するか』を常に問いかけました。毎週、全員で膝を突き合わせて共通認識を持つ時間を設けることで、役割の垣根を超えた『ワンチーム』として機能させることができたのです。
ーSaaS基盤の専門パートナーとして、SaaSus Platform(アンチパターン社)を選定した決め手は何だったのでしょうか?
肥田さん:SaaSus Platformに類似したサービスが国内になかったこともありますが、何よりアンチパターン社の『SaaSのあるべき姿』というコンセプトに共感したことが最大の理由です。
アンチパターン社は単なるツール提供者ではなく、AWSの豊富な知見を活かして、日立が目指すSaaS事業を「共に形にする」という強い熱量を持っていました。日立にとってより良くなるような調整を粘り強く行い、我々と伴走してくれる姿勢があったからこそ、この不確実性の高いプロジェクトを預けられると確信し、彼らの熱い思いが私たちの背中を押してくれました。
向井さん:実務面では、認証、テナント管理、環境分離といったSaaS共通の基盤機能をSaaSus Platformに任せられたことが非常に大きかったです。これらを自前で設計・開発・試験するとなれば、膨大な時間がかかっていたでしょう。そのリソースを『駅業務そのもの』のロジックやユーザー価値に直結する領域へ集中できたことが、スピード感のある開発に繋がりました。
また、SaaSとして『汎用化』することと、初期のお客様の『個別ニーズ』に応えることのバランスにも腐心しました。肥田からの『共通化できる部分を明確に切り分けるべき』というアドバイスや、アンチパターン社からの実績ベースのアドバイスを受けることで、初期段階から拡張性の高い構成を採用することができました。
開発リソースの集中が生んだ価値と、社会インフラを支える今後のビジョン
プロジェクトには、研究開発部門の藤平さんをはじめ、入社1年未満のフレッシュなエンジニアである上田さん、福嶋さん、松村さんらが参画しました。SaaS開発を通じて得た学びについて、それぞれに伺いました。
ープロジェクトを通じて、チーム全体でどのような変化や成果を感じていますか?
藤平さん:私は約1年前に研究所からこのプロジェクトに合流しました。当初は仕様整理や開発体制の整備が十分ではなく、非常にタフな状況でしたが、共通化すべき領域を整理し、後から参加するメンバーがスムーズに参画できる基盤づくりに注力しました。その結果、若手メンバーへの引き継ぎも円滑に進められるようになったと感じています。
上田さん:私はこれまでSaaSを利用する側でしたが、作る側に回って初めてその難しさと奥深さを知りました。アンチパターン社の方々と議論しながら、自分たちでいかにSaaS化していくかを悩むプロセスは、エンジニアとして非常に貴重な経験になりました。
福嶋さん:インフラエンジニア出身の私にとって、SaaS開発は最初は『遠い世界』のように感じていました。しかし、SaaSus Platformを軸にすることで、テナント管理やAWS構成との連携が明確になり、自信を持ってプロジェクトに貢献できるようになりました。今後はさらに共通テーマのコミュニケーションを増やしていきたいです。
松村さん:前職では開発パートナーに近い立場でしたが、今回のように日立の新しい指標となるような革新的なプロジェクトにアジャイルで参加できていることに、今、凄くワクワクしています。
ー今後の展望と、このプロジェクトが日立製作所のビジネスに与えるインパクトについて教えてください。
向井さん:今後は技術的な効果にとどまらず、プロダクトを起点とした『営業レス販売』を実現したいと考えています。お客様が使いたいと思った時に自ら購入し、すぐに使い始められる仕組みを構築することで、フロントSEの不足という課題を解決し、販売力を爆発的に強化できると期待しています。
肥田さん:駅業務アプリケーションスイートは、司令員や駅係員、乗務員など、鉄道に関わるあらゆる現場の声を聞きながら進化し続けます。そしてこの成功モデルを、鉄道業界に留まらず、電力、航空、公共、産業分野など、日立が持つ広範なネットワークを活かして横展開していきたいです。
私たちはまだスタートラインに立ったばかりです。今後は本質的な汎用化と、新しいビジネス手法への挑戦がさらに重要になります。SaaSus Platformという心強いパートナーと共に、会社や業界の枠を超えて、世の中を良くする仕組みの『ベースライン』を創り上げていきたいと考えています。
Spread the word:

