【調査レポート】Horizontal SaaS 1226種のAPI提供・公開状況からみるAPIエコノミーの展望
まえがき
API(Application Programming Interface)は、ソフトウェアやアプリケーション同士を連携させるためのインターフェースです。近年、SaaSサービスの普及や生成AIエージェントの発展が加速する中で、利便性向上やイノベーションの推進においてAPIの重要性が高まっています。金融、医療、物流など多様な業界がシステム間のデータ連携を実現し、新たな価値を創出する現在、誰でも接続可能なAPIの実装はグローバル標準となり、企業の競争力向上に不可欠な要素となっています。
そこで今回は、SaaS比較サイト「BOXIL」を運営するスマートキャンプ株式会社が公開した「SaaS業界レポート2024」のSaaSカオスマップにに掲載されているHorizontal SaaS企業1,226サービスを対象に、APIの提供状況/公開状況について独自調査を実施しました。
その結果、国内外でAPI公開状況に大きな差が見られました。
なお、APIの重要性や国内外のSaaSの動向については、CData社のブログ記事「Horizontal SaaS 647種類のAPI提供状況を調査:そこから見えてきた国産 SaaS APIの今」を参考にさせていただきました。
調査対象
このカオスマップには合計1,669のサービスが掲載されており、Horizontal SaaS (業界を問わず特定の部門や機能に特化したもの) が1,288サービス、Vertical SaaS (特定の業界に特化したもの) が381サービスでした。
なお、本調査レポートにおいて、Horizontal SaaS は以下のカテゴリに属するものとし、中でも、サービスサイトの存在が確認できた企業1,226サービスを最終の調査対象としております。
<Horizontal SaaS の各カテゴリ>
- Back Office
- HR
- Collaboration
- Marketing & Sales
- Security
- SaaS for SaaS
調査手順
以下の手順にて調査しました。
- Horizontal SaaS の製品ロゴをそれぞれ画像検索し、製品URLの存在が確認できたサービス1,226サービスを抽出
- サービスの運営会社を調べ、本社が日本国内のものは「国内製品」、国外のものは「海外製品」と定義
- 以下のいずれかに当てはまる場合、「API提供サービス」と判断
- 「製品名 API」と検索し、APIの提供が確認できるページがある
- 製品ウェブサイト内機能一覧に、API提供について言及がある
- APIがあることが確認できた場合、以下のいずれかの手順でAPIドキュメントの有無を確認
- 3よりAPIの提供が確認できたページより、ドキュメントの遷移先URLの掲載がないか確認
- 「製品名 API documentation」と検索し、ヒットするものがないか確認
調査結果
調査対象とした1,226サービスのうち、1,080サービスが国内製品、146サービスが海外製品でした。各APIの提供状況および公開状況について、以下に示します。
<補足:「API提供」と「API公開」について>
■API提供とは
APIが何らかの形で利用可能な状態を指します。利用者の範囲や条件は問わず、公開されているもの、契約者限定のもの、特定のサービス連携に限定されたものなど、あらゆる形態を含みます。
■API公開とは
APIが一般に公開され、誰でも利用できる状態を指します。具体的には、APIドキュメントが公開されており、外部の開発者が自由に利用できる状況を指します。
API提供状況は海外製品が90%超に対して国内製品は約40%という結果に
まず、国内外問わずのAPIの提供状況は48.2%でした。
しかし、内訳を見ると、海外製品のAPI提供率92.5%と比べ、国内製品は42.4%と、大きな差があります。
(件数にすると海外製品は135/146件、国内製品は466/1100件)
API提供状況
API公開状況は海外製品が85%超え、国内製品は15%未満とその差が拡大
さらに、公開状況ともなると、海外製品の86.3%に対し、国内製品は14.7%と、その差はさらに顕著になります。
(件数にすると海外製品は126/146件、国内製品は162/1100件)
API公開状況
ちなみに、APIを提供しているサービスのうち、そのAPIを公開している割合は、海外で93.3%、国内で34.5%という結果になりました。
国内SaaS企業のAPI公開状況に関する考察
今回の独自調査で、日本のSaaS企業がAPIの公開において、海外企業と異なる傾向にあることが明らかになりました。調査対象となった日本のSaaS 1,080サービスのうち、APIを公開しているのは14.7%にとどまり、海外SaaSの86.3%と比較して圧倒的に少ないことが明らかになりました。この傾向には、いくつかの要因が考えられます。
■市場の特性とユーザーのニーズ
日本の市場は、単一のサービス内で完結する「パッケージ型」のソリューションが主流であり、複数のサービスを連携させて利用するニーズが海外に比べて限定的だった側面があると思われます。その背景には、長らく個別カスタマイズを中心としたSIer(システムインテグレーター)が主導してきた日本のIT市場の特性が考えられます。SIerが顧客の要望に合わせてシステムを個別に構築・運用してきたため、サービスをAPIでオープンに連携させるという発想が定着しにくかったのでしょう。
一方、海外では人材流動性の高さなどを背景に、ユーザー自身がサービスを導入・設定する「セルフサーブ」モデルが一般的です。ユーザーが自身の業務に合わせて複数のツールを自由に組み合わせて使うことを前提としているため、サービス間の円滑な連携は必須の要素となります。また、海外製品は最初からグローバル市場をターゲットにしていることが多く、世界中の多様なサービスとの連携を可能にするAPI公開は、競争力を高める上で不可欠な戦略といえます。
■企業文化と技術的背景
こうした市場の特性に加え、APIの公開と維持には、セキュリティ対策や継続的な運用、そして技術的なサポート体制が不可欠です。日本の多くのSaaS企業は、先述の市場環境からしてAPI公開による具体的なビジネスメリットを得られる環境が整っていないことから、これらのコストやリスクを慎重に検討していると考えられ、API公開の決断に時間を要している可能性があります。また、それによってAPIの実装や運用に関する社内の知見がまだ十分に蓄積されていないことも、公開が進まない一因として考えられます。
今後の展望と「AI Ready」への課題
AIエージェントエコノミーが今後発展していく中、日本のSaaS業界にはいくつかの懸念すべき点が見受けられます。今後のSaaSがさらに成長するためには、AIエージェントが活用できる「AI Ready」な状態であることが重要です。そのためには、APIが公開され、豊富なドキュメントが整備されていることが不可欠となります。もしAPIをまだ公開していない企業があるならば、これは早急に改善すべき課題となるでしょう。
自社のSaaSと外部サービスをシームレスに繋ぐAPIは、新たなビジネスチャンスを切り拓く鍵になると考えられます。外部サービスとの連携はもはや単なるオプションではなく、APIをコアビジネスに据えることで、より広範なユーザーの獲得に繋がり、市場での競争優位性を確立できるのではないでしょうか。
また、今後は金融や医療といった機密性の高いデータを保持する業界でも、データ連携の波は避けられないと想像できます。金融分野では改正銀行法によるオープンAPIの整備が努力義務とされ、医療分野では医療DX推進を通じた電子カルテ情報共有サービスの活用などが促されています。こうした法整備や国家戦略が、この波を強く後押ししていると言えるでしょう。APIを通じて、安全で信頼性の高いデータ流通の仕組みは、これからのSaaSに求められてくるのではないでしょうか。
APIという武器を手に、外部サービスと協力して業界全体のイノベーションを加速させることで、日本のSaaSが次なる成長フェーズへと進み、グローバルな競争力を獲得する鍵となるのではないでしょうか。
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