SaaS開発ガイド【基礎編】

SaaS(Software as a Service)は、単なるクラウド上で動くアプリケーションではなく、継続的に提供される「サービス」です。SaaSを成功させるためには、ユーザーが直接利用するアプリケーションだけでなく、その裏側でサービスを管理し、運用する仕組みが不可欠です。
このサービスを支える仕組みが 「コントロールプレーン」 です。
多くのSaaS開発者やプロダクトマネージャーは、直接的に価値をもたらす部分である「アプリケーションプレーン」(ユーザー向けの機能)に注目しがちです。しかし、実際にスケールし、成長するSaaSを作るには、適切に設計された「コントロールプレーン」が欠かせません。
本記事では、
といった点について解説します。
SaaSの「アプリケーションプレーン」とは、ユーザーが利用するサービスのコアとなる機能のことを指します。例えば、
といった具体的なサービス部分が該当します。
アプリケーションプレーンは、あくまで「ユーザーに価値を提供する部分」であり、SaaSの中核となる機能ですが、それだけでは十分ではありません。
一方、コントロールプレーンは 「SaaSを運用・管理するための仕組み」 を担います。
SaaSは単に提供して終わりではなく、継続的な運用が求められます。コントロールプレーンの主な役割として、
などが挙げられます。
これらの機能が適切に設計されていないと、SaaSの成長とともに管理の負荷が増大し、運用が困難になります。
次の章では、コントロールプレーンの具体的な役割について詳しく見ていきます。
SaaSでは、複数の企業やユーザーが同じシステムを利用します。そのため、各テナントのデータを適切に管理・分離し、セキュリティを確保することが重要です。
SaaSでは、さまざまなユーザーが異なる権限で利用します。コントロールプレーンには、ユーザーの識別・管理を行う役割があります。
SaaSのビジネスモデルでは、定期課金や従量課金が一般的です。そのため、課金処理の自動化が求められます。
SaaSの安定運用を支えるために、システムの監視や運用が不可欠です。
以上のような役割を担うコントロールプレーンが適切に設計され、機能していることで、SaaSのスムーズな運用が実現でき、スケーラビリティが実現できます。
次の章では、コントロールプレーンの重要性について詳しく見ていきます。
SaaSが成長するにつれて、コントロールプレーンの適切な設計がより重要になります。拡張性が不十分なコントロールプレーンは、長期的に以下の課題を引き起こす可能性があります。
SaaSの成長に伴い、顧客数やデータ量が増加すると、リソースの動的な割り当てが求められます。コントロールプレーンが適切に設計されていない場合、負荷分散がうまく機能せず、パフォーマンスの低下を招くことになります。
【対策】
SaaSでは、複数のテナントが同じインフラを共有することが一般的です。そのため、適切なデータ分離とアクセス制御を行わなければ、情報漏洩や不正アクセスのリスクが高まります。
【対策】
コントロールプレーンが十分に機能しておらず手動での管理が行われている現場では、運用チームの負担が増し、運用コストの増加と人的ミスによるリスク増加につながります。
【対策】
SaaSの成長には、新機能の迅速なリリースや、新しい課金プランの導入が不可欠です。コントロールプレーンの設計が固定的すぎると、ビジネスの変化に適応しづらくなります。
【対策】
適切なコントロールプレーンを構築することで、これらの課題を解決し、持続的なSaaSの成長を実現できます。
次の章では、SaaS開発の初期からコントロールプレーンを意識すべき理由について詳しく見ていきます。
SaaSの開発初期において、コントロールプレーンの設計を軽視すると、後の運用やスケールが困難になります。長期的にスムーズなサービス提供を実現するために、初期段階からコントロールプレーンを設計に組み込むことが重要です。
『マルチテナントSaaSアーキテクチャの構築 ―原則、ベストプラクティス、AWSアーキテクチャパターン』(著:Tod Golding、訳:河原 哲也、櫻谷 広人)においても、SaaSのコントロールプレーンを初期段階に適切に設計する重要性を説いています。
「アーキテクトやビルダーは、アプリケーションのマルチテナントの側面からSaaSの議論を始めたいと思うことがよくありますが、SaaSアーキテクチャの基礎はコントロールプレーンから始まります。多くの点において、コントロールプレーンは強制的な機能として働き、エンジニアは開発の初期段階からテナントのさまざまな側面を考慮し、対応することが求められます。」
なお、著者であるTod Golding氏はAWSのシニアプリンシパルソリューションアーキテクトであり、SaaS分野における世界的な技術リーダーとして知られています。彼は、AWS SaaS Factoryチームの一員として、SaaSアーキテクチャのベストプラクティスやパターンに関する豊富な知識と経験を持ち、数多くの企業やパートナーと協力して、AWS上でのSaaSソリューションの構築、提供、最適化に取り組んできました。さらに、Golding氏はAWS re:Inventなどの主要なイベントで講演を行い、SaaSアーキテクチャに関する最新の知見や実践的な戦略を共有しています。彼の専門知識と洞察は、日本企業がAWS上で効果的なSaaSを設計・導入する際の強力な指針となるでしょう。
例:SaaS meets cell-based architecture: A natural multi-tenant fit (SAS315)
SaaSの初期段階からコントロールプレーンを適切に設計することで、以下のメリットが得られます。
開発の後半や運用段階でコントロールプレーンの不足を補おうとすると、以下のようなリスクが発生します。
SaaS開発の初期からコントロールプレーンを設計するためのポイントを以下に示します。
これらのポイントを意識することで、SaaSの成長に耐えうるコントロールプレーンを設計し、持続可能なサービス提供が可能になります。
ビジネススケールしていくSaaSには、アプリケーションプレーンだけでなく、コントロールプレーンが不可欠です。コントロールプレーンが適切に設計されていないと、スケーラビリティの問題、セキュリティリスク、運用コストの増加、柔軟なサービス展開の妨げなどの課題が生じます。どれほどアプリケーションプレーンが優れていたとしても、コントロールプレーンが十分に機能しなければ、ユーザーエクスペリエンスが低下し、解約などのリスクに繋がります。
開発の初期段階からコントロールプレーンを意識し、スケーラブルでセキュアな設計を取り入れることで、持続的な成長と安定した運用を実現できます。
E-Book「SaaS開発ガイド」にてSaaS開発に取り組む前に知っておきたい重要ポイントを解説しています。
SaaSに関する基礎的な知識を身に付けたい方はぜひご一読ください。
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