SaaSにおけるプライシング(価格設定)の考え方について
SaaSのビジネスモデルにおいては、料金プランの設計や請求方法を確立させることは非常に重要な視点となります。ビジネス毎に適切な料金プランは異なります。全てのユーザに定額利用料を毎月請求することもあれば、利用量に応じて利用料も変わる従量課金を選択しているサービスもあるでしょう。
これらは、ビジネスのフェーズや提供する業務の種類やターゲットなど、さまざまな要素を考慮して自社のサービスに適した設定をする必要があります。
SaaSの料金設定の種類
SaaSでよく使われる料金設定は大きく3つあり、「定額制」「従量課金制」「階層制」です。それぞれ解説します。
定額制
文字通り1つの価格設定で、すべてのユーザーが同じ価格で同じ機能を利用することができます。定額制は1つのプランでシンプルに販売することができ、ユーザーとのコミュニケーションがとりやすいメリットがあります。しかし、価格が高い、機能が足りないなどのユーザーの全ての要望に答えることが難しいデメリットがあります。
階層制
階層制とは、機能やユーザー数に応じて複数のプランを提供します。SaaSで最も多く利用されている料金体系です。
使える機能が多くなるほど料金が高くなるものを機能ベース、ユーザーのアカウント数に応じて料金が高くなるものをユーザーベースと言ったりします。機能ベースとユーザーベースをかけ合わせたハイブリット型もあります。
ユーザーの状況に応じてプランを選んでもらえるので、定額制に不満を感じていたユーザーの要望に応じることができます。
しかし、プランが多すぎたり複雑になると、管理が大変なだけではなく、ユーザーも適したプランがわかりにくくなるので、注意が必要です。
従量課金制
従量課金制は、使用量によって料金が決まるシステムです。代表的なものとして、クラウドストレージサービスであればストレージ容量、メール配信サービスであればメールの配信数、ウェブ会議ツールであれば使用時間や参加人数、などがあります。ユーザーの成長とともに収益が増加します。ユーザーはコストを抑えたいとき利用を控えることもあり、収益の予測がしづらいデメリットもあります。
SaaSの販売形態
SaaSは、状況にもよりますが営業担当が直接ユーザーと対話することは少ないことが多く、オンライン上で契約されることが一般的です。そのため、ユーザーからどれだけサービスを理解してもらえるかが重要となります。
また、SaaSは買い切り型ではなく、サブスクリプションモデルを採用することがほとんどです。
サブスクリプションモデルとは、ユーザーが月額または年額の料金を支払いを行い、一定期間サービスや製品を利用できるビジネスモデルです。一般的な例として、音楽ストリーミングサービスや映画・テレビ番組の視聴サービスがあります。
ユーザーは、自分のニーズに合わせてプランや料金を選択し、必要な期間だけサービスを利用することができるメリットがあります。
ベンダーにとっても、サブスクリプションモデルは、安定かつ継続的な収益が見込めるというメリットがあります。継続的に機能アップデートを行うSaaSと親和性の高い販売体系と言えます。
サブスクリプションモデルをベースとしたSaaSの販売形態をご紹介します。
フリーミアム
基本的なサービスを無料(フリー)で提供し、より高度な機能をプレミアムとし、収益を得るモデルです。有料プランはサブスクリプションモデルで提供することが一般的です。
フリーミアムでは一般的に期間の制限がなく、限られた機能の中での利用であれば無料で使い続けられます。無料機能しか使わないユーザーもいますが、無料で使えることから、試してもらいやすいのがメリットです。
有料プランへ移行してもらうためには、有料機能が無料機能よりも魅力的であることが大切です。移行するケースとして、無料で使える機能では満たせない要件がでてきた、無料で作れるアカウント数では足りなくなった、無料で使えるストレージ容量が足りなくなった、などが考えられます。
無料期間を設定する
期間ではなく機能を制限するフリーミアムと対照的に、無料の期間を設け、有料プランと同様の機能を一度体験してもらい、契約を検討してもらう販売形態もあります。無料期間終了後、有料プランへ移行します。
無料プランを提供することで、多くのユーザーがサービスに触れ、サービスへの理解を深めることができます。
無料で提供することは本当に必要?
最近のSaaSは、ほとんどの場合、フリーミアムまたは無料期間を提供しています。
先にも述べましたが、SaaSは、営業担当と直接対話することは少ないので、対話の少ない中、どれだけサービスを理解してもらえるかが重要です。なので、サービス理解を深めるために、実際に使ってもらうことは有用です。
また、競争力の観点から無料で提供することは重要な役割を果たす場合があります。競合他社が既に無料で提供している場合、ユーザーは選択肢を比較する際に無料プランの存在を重視することがあります。このような場合、無料プランを提供しないと競争力が低下し、ユーザーの獲得やキープに影響を及ぼす可能性があります。
ただし、無料で提供することの課題もあります。例えば、収益を上げるためには有料プランへのアップグレードが必要です。無料プランのユーザーを有料プランにアップグレードしてもらうための戦略を検討する必要があります。
無料プランが必要かどうかは、市場状況、競合他社の存在、マーケティング戦略などを総合的に考慮しましょう。
パッケージングの考え方(料金プラン作成)
プライシングを考える上で、最初にどんな料金プランを提供するかを決定する必要があります。サービスリリース初期は、一つの料金プランで提供することもありますが、ビジネスのフェーズが進むと幅広いユーザーのニーズに対応する必要が出てきます。その場合には、複数の料金プランを提供することになります。
プランに応じて機能や提供する価値と価格の釣り合いを取るためには、そのプランを誰に向けて提供するのかを明確にする必要があります。ターゲットが誰なのかの解像度を上げるために、ペルソナを定義する方法があります。
例えば、スタートアップ企業のCEOをターゲットにしたプランを提供したいとなった場合には、そのペルソナに対してどんな価値を提供するかを明確にし、その対価としてどんな料金プランを作成するかを考える必要があります。
ペルソナが見えてくると、必要なプランの数が見えてきます。サービスリリース初期は、一つの料金プランで十分な場合もあります。ペルソナに合わせて必要なプランを準備しましょう。
エンタープライズ
最初はスタートアップ企業に提供していたサービスも、プロダクトの成長と共に、エンタープライズ企業向けにニーズにも応えられることがわかってくることがあります。
例えばエンタープライズ企業の部長というペルソナに対して、同一の価値を同一の料金で提供するケースもあれば、エンタープライズ企業に向けて別の価値を別の料金で提供する場合も出てきます。マルチテナントで提供されるSaaSをエンタープライズ向けにシングルテナントで提供したり、独自のカスタマイズを提供したりが考えられます。
サービスの成長速度に合わせ、開発コストと見込まれる収益を慎重に検討してください。
アップセル
アップセルは、既存のユーザーに対して現在利用しているプランや機能のアップグレードを提案することです。ユーザーがより高額なプランに移行することで、より多くの価値を提供することが目的です。例えば、追加の機能やリソースを提供し、基本プランからプロフェッショナルプランへのアップグレードする、より多くのデータやトランザクションを処理できるように月間利用制限の増加プランを提案する、などです。
アップセルのメリットは収益の増加だけではなく、追加の機能やリソースを提供することで、満足度の向上もあげられます。一方で、高額なアップグレードに関心を持たないユーザーが、競合他社の低価格プランに移行する可能性があります。アップセルを検討する際には、ユーザーの現在の利用状況やニーズを把握することが重要です。
価格設定のポイント
次に、上記で設定したプランに価格を設定していく必要があります。ここでは、価格設定のポイントとして3つをあげてみます。
- プロダクト開発に要したコストから料金を設計する
- 競合プロダクトをベースに料金を設計する
- プロダクトが提供する価値から料金を設計する
以下に詳しく説明します。
プロダクト開発に要したコスト、サービス運用に必要なコストから料金を設計する
プロダクト開発に伴い発生したコストを基に、料金を設計する方法をコストプラスアプローチとも言います。
開発にかかったコストには、直接的にかかる開発の人件費、サーバー運用費、アップグレードにかかる費用コスト以外に、間接的にかかるマーケティング費用、人件費なども含まれます。
1. コスト評価
まずは、提供する製品やサービスにかかるコストを算出する必要があります。開発にかかった人件費、ツールやソフトウェアにかかる費用、インフラの使用料、マーケティングコスト、製造コストなど、すべてのコストを評価することが重要です。
2. 単位コスト評価
次に、提供する製品やサービスの単位コストを評価する必要があります。SaaSプロダクトの場合、利用者数や時間、帯域幅などに基づいて単位コストを評価することが多いです。単位コストを正確に評価することで、単価を決定する際に正確性を担保することができます。
3. 利益率の評価
最後に、単位コストに割り増しを加え、利益率を決定する必要があります。利益率は企業ごとに異なるため、自社のトップラインやユーザーのニーズに合わせて設定しなければなりません。
コストをベースに料金を設計するメリットとしては、シンプルさと予測のしやすさが挙げられますが、料金設計の柔軟性に課題があるため、SaaSプロダクトには必ずしも適しているわけではありません。SaaS開発では、追加機能やアップグレード、開発要員の増減などコストが変動する要素が多い一方、料金はサブスクリプションのような定額制であることが多いため、場合によっては利益を確保できないリスクが生じます。
また、コストベースプライシングのみに頼って価格を設定する場合、ユーザーのニーズや競合他社のプライスポイントなどの重要な要素を無視してしまう可能性があるため、単にコストだけで価格を決めてしまうと、顧客獲得が難しい場合があります。
競合プロダクトをベースに料金を設計する
競合他社のプロダクト料金を参考に料金を設計することを競合ベースプライシングとも言います。
新規参入時などで市場の費用相場に精通していない場合、競合他社のWebサイトなどを調査することで料金の目安を掴めます。簡単かつスピーディに料金設計を行える点がメリットです。競合と類似の料金設計にすることもあれば、競合より安価な設定で差別化を図ることもあります。
次に、競合ベースプライシングで調査、考慮すべき項目を説明します。
1. 競合他社の価格調査
競合他社の価格を調査し、自社の製品やサービスと比較します。この調査には、市場調査や競合分析などが含まれます。
2. プライスマッチング
競合他社と同等の製品やサービスを提供する場合、競合他社の価格を参考にすることで市場での競争力を確保します。ただし、コスト構造やブランド価値など、他の要素も考慮する必要があります。
3.他社優位性
自社の製品やサービスが競合他社よりも優れている場合、競合他社よりも高い価格を設定することがあります。これは、製品やサービスの差別化を通じて高品質や独自性をアピールする戦略です
4. ディスカウントプライシング
競合他社よりも低い価格を設定し、市場でのシェア拡大や新規顧客獲得を目指すこともあります。ただし、価格競争が激化する場合や利益率への影響を懸念する場合は注意が必要です。
競合ベースプライシングは、競争激化する市場や価格に敏感なユーザーを対象とする場合に有効な戦略とされています。ただし、他社の価格だけに依存するのではなく、自社のビジネス目標やコスト構造、ニーズなども総合的に考慮することが重要です。
プロダクトが提供する価値から料金を設計する
ユーザーがプロダクトから得られる価値をベースに料金を設計する方法をバリューベースプライシングとも言います。ユーザーがどれだけの価値を受け取るかを考慮し、その価値に見合った価格を設定することを目指します。
価値を決める基準となるものの代表例を説明します。
1. 顧客価値の評価
ユーザーが製品やサービスにどれだけの価値を見出すかを評価します。これには、ユーザーのニーズや要求、競合他社との比較、提供される利益や効果などを考慮します。
2. 価値ベースの価格設定
ユーザーが得られる価値を考慮し、その価値に見合った価格を設定します。価値が高い場合は、競合他社よりも高い価格を設定することもあります。一方で、価値が低い場合は、価格を下げることで競争力を維持することもあります。
3. 付加価値の提供
ユーザーがより高い価値を享受できるように、製品やサービスに付加価値を提供します。これにより、ユーザーは価格を支払う価値があると感じることができます。
自社のプロダクトの価値を精緻に計ることは容易ではないため、料金設計に複雑性を伴うことが懸念点ですが、多くのSaaS企業が価値に基づいた料金プランを採用しています。
自社のSaaSプロダクトに十分な価値を乗せることができれば、競合他社と比べて競争力のある料金設計が可能です。ユーザーが価値を感じ、継続して利用してもらうことができれば、解約のリスクも軽減できます。また、継続的な機能アップデートやサービス改善に伴い、料金を段階的に上げていくこともできるでしょう。
バリューベースプライシングは、TAMの拡大、すなわち製品やサービスがユーザーにもたらす価値を最大化し、利益を最適化するための戦略とされています。ユーザーのニーズや要求を理解し、ユーザーにとっての価値を重視することが重要です。市場環境や競合状況も考慮に入れながら、適切な価格を設定するようにしましょう。
価格設定でよくある失敗
価格設定で陥りがちな失敗と、その解決方法について説明します。
過度な価格設定
SaaS企業が自社の価値を過大評価し、高額な価格を設定することで、新規顧客獲得の機会を逃す場合があります。
これを防ぐためには、 マーケットや競合他社の価格設定を調査し、ユーザーの受容可能な範囲内で競争力のある価格を設定することが重要です。また、初期の価格モデルは柔軟性を持たせ、フィードバックやマーケットの反応に基づいて調整できるようにしましょう。
また、料金プランはベンダー側の都合で自由に変えていいものではなく、ユーザーに納得感のある変更でないと、解約につながることがあります。特に価格を上げるなどのユーザーの不利益になる場合は注意が必要です。機能の追加などの明確な理由がなく、単に利益をあげたいというベンダーの動機だけで行うべきではありません。そのため、過度に安価に設定することも枷になりうることを理解しておく必要があります。
複雑な価格プラン
多くの複雑な価格プランやオプションを提供することで、ユーザーが選択に迷ったり、理解しづらくなり、購買意欲が低下する場合があります。
これを防ぐためには、 シンプルで明確な価格プランを提供することで、ユーザーの理解と意思決定を容易にすることが重要です。選択肢を最小限に抑え、基本的なプランと追加オプションを明示的に提示することで、ユーザーのニーズに応えることができます。
やむを得ずプランが複雑になってしまった場合、販売ページに質問チャートを設置し、質問に答えることで適切なプランがわかるようになるなどし、ユーザーが理解しやすくなる工夫をしましょう。
ユーザーの成長に対応しない価格設定
SaaS企業が、ユーザーの利用人数の増加や売上増加などの企業成長に対応できないなどと、柔軟性のない価格設定を行うことで、ユーザーが成長に伴いサービスを離れる可能性があります。
これを防ぐためには、成長段階やニーズに合わせてスケーラブルな価格モデルを構築することが重要です。ユーザーの成長や利用量に応じた柔軟なプランや割引、アップグレードオプションを提供することで、満足度を高め、長期的な関係を築くことができます。
透明性の欠如
価格設定に関する情報が不透明であったり、隠されていたりすると、ユーザーの信用性や信頼性に影響を与える可能性があります。
これを防ぐためには、価格設定に関する情報を透明かつ明確にユーザーと共有することが重要です。価格プランやオプションの詳細をウェブサイトやマーケティング資料で提供し、料金体系や変更に関するポリシーを明示します。また、ユーザーとのコミュニケーションや契約段階で、価格に関する質問に迅速かつ正直に回答することも大切です。
競合に対する価値差の不明確さ
SaaS企業が自社のサービスの価値差を明確に伝えられない場合、ユーザーは競合他社のオプションを検討する可能性があります。
これを防ぐためには、 自社のサービスが他社とどのように異なるか、明確に伝えることが重要です。ユニークな機能や利点、課題解決への貢献などを強調し、付加価値を示すことが必要です。競合比較やユーザーの成功事例を活用して、自社の優位性を裏付けるようにしましょう。
まとめ
料金を決めることは、ローンチのタイミングだけでなく、成長フェーズにおいてもとても重要な項目です。しかし、価格設定には確立した方法はありません。自社内で様々な状況を想定してベストな料金を考えましょう。
料金体系についてはバリューベースで料金の大枠を作り、コストや競合の視点から見て微調整をしていくなど、1つ基準となる設定方法を定めた上で、他の二つの方法の視点を取り入れることもできるでしょう。バリューベースに依存しすぎて、コストとの兼ね合いが上手くいかなくなったり、競合の取り組みと大きく乖離してユーザーがついてこないなどの状況も考慮しつつ、適正な価格設定を行うことが重要になります。
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