【導入事例】三菱電機株式会社
製造業における「売り切りモデル」からの脱却と、AIビジネスが直面した「初期費用の壁」
三菱電機株式会社 名古屋製作所のオープンイノベーション推進部は、設立から約2年を迎えたばかりの比較的新しい組織です。組織のミッションは、単なるアイデア探索に留まらず、次の柱になる事業を創るため、「お金を払ってでも欲しい」と言ってもらえる状態まで育て、事業部門への「渡し船」となることです。今年度からは新たな人財活用の仕組みを構築し、新規事業の早期実現を目指しています。
現在取り組んでいるのは、3Dシミュレータ「MELSOFT Gemini」と、Realtime Robotics社が提供するクラウドAIサービス 「Resolver」を掛け合わせた新規事業です。誰でも簡単にデジタル空間でAIによってロボットの動作経路、作業順番などを最適化でき、お客様の経営課題である「人材不足」の解消を図ります。そして「フィジカル空間へワンストップで提供」することで、バーチャルコミッショニングを実現します。
ー既存のオンプレミス型、つまり「売り切り」の提供形態から、あえてSaaSという形を選択された背景には、どのような切実な課題があったのでしょうか?
佐藤さん:
最大の壁は、初期導入コストによるハードルの高さでした。製造業の世界では、高額な設備投資を行い、それを数年かけて減価償却していく『モノ売り』の商習慣が今も根強く残っています。しかし、ロボット最適化AIのような商材は、実際に現場で動かし、データが溜まって初めて真の価値が発揮されるものです。
お客様がその価値を実感する前に、多額の初期費用を求める従来のモデルでは、導入判断が非常に慎重になってしまいます。ROI(投資対効果)が見えにくい新しいソリューションだからこそ、初期費用を抑え、お客様の成功に合わせて収益をいただくリカーリング(継続課金)形式への転換が必要だと感じていました。SaaSという形態は、まず使い始めていただくための最善の選択肢だったのです。
本部さん:
サービス運用面でも、従来のメールベースのやりとりには限界を感じていました。これまではライセンスの発行や管理を個別のメールでやり取りしており業務負荷も高く、また、オンプレ型であることでお客様が実際に製品をどれくらい活用できているのか、どこで操作に迷っているのかといった利用状況が全く可視化されていなかったのです。
さらに、このビジネスには弊社とお客様だけでなく、現場での導入を担うSI(システムインテグレーター)パートナー様の存在が不可欠です。お客様、SIパートナー、メーカーの三者がWeb上でリアルタイムにプロジェクトの状況を共有できる基盤がなければ、スピーディな事業展開は望めません。データを資産として蓄積し、それを継続的な改善のフィードバックに繋げる。そのためには、単なるクラウド化ではなく、三者間連携を前提としたSaaS化が不可欠でした。
ー製造業における「モノ売りからコト売り」へのシフトは、昨今のキーワードでもありますが、現場での実感はいかがでしょうか?
佐藤さん:
正直なところ、お客様自身も「何をどう始めていいか分からない」というのが現状だと思います。ただ、昨今のフィジカルAIへの注目の高まりは、IT企業の視点でのみで語られてきたAIが、ようやく我々の領域である製造現場に降りてきたというチャンスでもあります。
現場には過去数十年にわたって培われた膨大なノウハウとデータがあります。それらをお客様自身の資産として活用し、AIと掛け合わせることで新しい価値を生み出す。この流れ自体は確実に来ていますし、その橋渡しをすることに我々の存在意義があると考えています。
わずか10日間でMVPを構築。「誰とやるか」を重視した共創パートナーの選定
SaaS化の構想はあったものの、検討や調整に時間を要する中で、より迅速に市場ニーズを検証できる進め方が求められていました。 そこで彼らは、10日間でMVPを構築する「10 Days SaaSification for AWS」を活用し、短期間での仮説検証に着手しました。
ー10日間という極めて短期間での開発に対し、社内での懸念や『本当にできるのか?』という声はありませんでしたか?
佐藤さん:
確かに、わずか10日間でどこまで作り込めるのかという疑念がなかったわけではありません。しかし、私が昨年のAWS Summit Japanのブースでこのサービスを知ったとき、直感的にこれだと思いました。
我々のような製造業では、製品開発のサイクルが10年、20年単位になることも珍しくありません。ですが、AIやSaaSの領域は変化が激しすぎます。社内の標準的なプロセスに乗せて時間をかけている間に、仮説自体が古くなってしまうのです。完璧な仕様書を積み上げるよりも、まずは一日でも早くお客様の前に持っていき、「触ってください」と言える動くソフトウェアが必要でした。
本部さん:
パートナー選定において最も重視したのはマインドセット、つまり誰とやるかという点でした。初日の対面打ち合わせで、昼食を共にしながら議論を重ねた際、アンチパターン社の皆様の熱量を肌で感じました。我々の認識が不足していた点もスピーディに指摘いただき、お互いに高め合えるチームだと確信できたことが大きな決め手です。
技術的にも、認証やテナント管理といったSaaSとして共通して必要な基盤部分(SaaSコントロールプレーン)を『SaaSus Platform』に任せられたことは非常に大きかったですね。もしこれらをゼロから自分たちで構築しようとしたら、セキュリティの設計だけで数ヶ月を要したはずです。SaaSus Platformを活用したことで、我々はプロダクト独自の機能開発や、お客様へのヒアリング、社内の合意形成といった「我々にしかできない仕事」に100%注力することができました。
ー実際にアジャイルな体制で開発を進めてみて、従来のウォーターフォール開発との違いをどう感じましたか?
本部さん:
正直、ピボット(方針転換)の連続でしたね。作ってみて提示したら「やっぱりこうじゃない」と言われることもありました。ですが、動くものがあるからこそ、具体的なフィードバックが得られ、正しい方向へ舵を切ることができたと感じます。
アンチパターンさんは、常に「どちらの選択肢も取れますよ」と柔軟な提案をしてくれました。大企業の論理でガチガチに固めるのではなく、まずはスモールチームでぐるぐる回す。このスピード感があったからこそ、承認プロセスの重さに押し潰されることなく、モダンなデザインで使い勝手の良いシステムを完成させることができました。
「工数削減」の先にある価値の発見と、全社へ波及するイノベーションのマインド
10日間で構築されたSaaS版のMVPは、直ちにSIパートナーや顧客の現場へ投入されました。そこで彼らが目にしたのは、当初想定していた「事務的な効率化」を遥かに超える、現場の切実な期待と喜びでした。
ー実際にMVPを運用し、現場の声に触れてみて、どのような手応えや気づきがありましたか?
佐藤さん:
最大の驚きは、ROI(投資対効果)の捉え方が変わったことです。当初、私たちは「このAIを導入すれば、これだけの工数が削減できますよ」という、人件費削減を主なメリットとして提示していました。しかし、実際にSIパートナー様と対話する中で、「削減した分、人を切りたいわけではない」という声を強くいただいたのです。
彼らが求めていたのは、AIによって生まれた余力を活用して、これまでは月に10件しか受けられなかった案件を15件、20件と増やし、会社としての利益を最大化することでした。つまり、ROIの本質はコストカットではなく受託キャパシティの拡大にあったのです。この現場目線の価値指標を可視化しようというアイデアは、動くソフトウェアを持って現場を駆けずり回ったからこそ辿り着けた真理でした。
本部さん:
SaaS化によって利用状況シグナルを把握できるようになったことも大きな成果です。これまで見落としていたお客様の躓きをリアルタイムで検知し、能動的なサポートを提供できる体制が整いました。これは単なるソフトウェアの提供ではなく、お客様の成功に寄り添う「コト売り」を実現するものです。
今後はAIエージェントの搭載による戦略的なレポート提示など、さらに高度な利活用も視野に入れています。データが取れることで開発も、営業も、そして何よりお客様も嬉しい。そんな「美味しさ」が詰まったサービスへと成長させていきたいですね。
ー今回のプロジェクトは、三菱電機という巨大な組織全体にとっても、重要な意味を持つのではないでしょうか?
佐藤さん:
三菱電機グループは今、「イノベーティブカンパニーへの変革」を掲げ、リスクを恐れず、新たな発想で価値を創出する変革の真っ只中にあります。私たちは長年、既存事業の延長線上でビジネスをしてきましたが、AI時代の到来により、変化し続けることこそが成長の原動力になると痛感しています。
今回の、顧客を巻き込んだSaaS化によるデータ活用のように、全社でも人財やデータ、技術の巡り合いから新たな価値創出につなげるデジタル基盤「Serendie®」 が進んでいます。大企業ならではのアセット(資産)を活かしつつ、スタートアップのようなアジリティ(俊敏性)を持って動く。このマインドが全社に波及し、三菱電機が真にイノベーティブな企業へと生まれ変わるための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。
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